【オーパーツ】ナスカ・パルパの地上絵


発見場所

ナスカの地上絵は南米ペルーに存在し、2022年現在千点以上の地上絵が見つかっている。

地上絵の最大の特徴は、空からでないと何をかたどった絵なのか判別が難しいほど巨大なことである。

巨大故、Google map でも確認できるものがある。

発見された時の状況

ペルー人考古学者が1927年に徒歩で地上絵を発見、研究をまとめて報告した最初の人だそうです。

その後、1939年にアメリカ人考古学者が上空を飛行していた時に発見し、その内容を世間に発表した後、一躍有名になったといわれているようです。

オーパーツとされた経緯

ナスカの地上絵が描かれたのは紀元前200年頃~西暦800年頃とほぼ確定されています。現在でもいくつかの説はあるものの、何の目的でこのような巨大な絵や図形を描いたのかは判明していません。

そのため、宇宙人との連絡のために描かれた。や、そもそも宇宙人が描いた。などという話が出てくるようになり、さらに当時の技術でこのような精密な絵や図形を描けないとされたため、オーパーツとされました。

ちなみに世界遺産に登録されたのは1994年のこと。

現在、描かれた目的として挙がっている説は、雨ごい説、巡礼場所を示す説、有力者葬送説、あとはUFO連絡説やUFO発着場説などがあります。

雨ごい説

ペルーのお隣の国、ボリビアで現在でも行われている行事に、人々が一列に並んで同じ道筋を歩く。というものがあり、その歩く場所を示すために描かれたという説。

また地上絵付近では、現在でいうエクアドルでしか取れない貝の破片が見つかっており、雨ごいの儀式で使用されていたことが分かっていることから、雨ごいのために描かれたという説が有力となっている。

この地域では、アンデス文明が発達しており、太陽信仰が盛んであった。

そのため、太陽(神)からよく見えるように巨大な絵を描き、雨ごいの儀式を行うことで、より効果を期待したのではないかと考えられる。

巡礼場所を示す説

ナスカの地上絵が描かれた紀元前200年~西暦800年頃のこの地域では、インカ帝国が支配しており、インカ帝国の首都「クスコ」から神殿へ向かう道しるべのようになっているとのこと。

とはいえ、Google mapで見てもわかる通り、膨大な量の線が確認でき、また動物や植物の図柄はどういう理由なのかわからないため、いまいち説得力に欠ける説だと思われる。

葬送説

雨ごい説と少し被る部分もあるが、当時ナスカ地方はナスカ文明が栄えており、インカ文明と同じく太陽信仰が盛んであったと考えられる。

当時の太陽信仰では、死者は太陽に還るとされていたようで、権力者の力の大きさに応じて太陽へ還す儀式として、太陽から見てわかるように巨大な絵を描いて死者を葬送したの出ないかという説。

この説は、図柄の大小、簡単な直線から複雑な動物絵の説明も権力の大小で説明がつくことから、的を得た説だと思われる。

ナスカの地上絵の描き方

実際のどう描いていたかは不明だが、当時の技術でどう描いていたかの解明は進んでいる。

その中で、2種類が有力となっているため簡単にご紹介します。

拡大法

拡大法とは、比例で大きな図を描く方法。描きたい図形の小さいものを用意し、それを数十~百個程度の点を打ち、それを大きくしていく。例えば1m程度の図形を描き、20倍にしたければ、20mの糸などを用意し、打った点を糸を使い大きくしていく。そして各点を線で結んで完成。

これは国内でも実験されており、小学生程度の知識があれば実際に描くことが可能であることが証明されている。

目視法

これは、この地方で行われている種まきの技法を応用したやり方で、簡単に言うと数人が歩幅を合わせて、実際に見た絵を基に感覚で描いていく方法。

特に道具も必要とせず、面倒くさい計算もないため、文字を持たなかったナスカ文明では、こちらの描き方の方が理にかなっていると思われる。

偽物だとする主張

そもそも世界遺産にも登録されているナスカの地上絵に偽物説はありません。

しかしながら、あまりに有名になってしまったため、偽物は出現しているようです。

AKB4?と描かれていますね。これはあからさまに偽物のため、偽物というよりいたずらとされているようですが、現在見つかっているものの中にも真贋がはっきりしないものも含まれているとのこと。